19世紀の懐中時計を私の趣味で修理などした記録。
Vacheron Constantin・ヴァシュロン コンスタンタン
これはもうずいぶん昔、私が時計学校に入って時計師になるべく日夜励んでいた頃に勢い余って入手したもの。当時10万円以上しましたかね。
オリジナルの18金ケースに入った完動品はそんなもんじゃなくて、50万とか場合によって100万以上の骨董品価格のものです。
これはケースがゴールド・フィルドの安物で、中身の機械は本物と思われるものの一部が改造されてしまっているものです。それでこの価格です。今なお人気のあるメジャーブランドの高級品。
バランスを分解したようす。
高級品らしく、ヒゲはブレゲタイプがついております。天受けと何やら宝石のようなフタを横に置きましたが、これ何でしょうね。
天真が2本あるのは、もうおなじみの別作作業が必要だった、というパターンです。
天受けのフタなんですが、ダイヤが埋め込まれております。
実はこのフタみたいなやつが入手時には受けについていて、取り付け穴が開けられていますが、本来ここに穴はなかったはずです。
代わりにこの画像で取り付けされているような保油装置と、ちょっとここでは取り付け忘れましたが、緩急針がついているのが本来の姿だったはずで、これは改造品です。
入手時の私は駆け出しのヒヨッコすぎて、ダイヤに目がくらみましたかね。ヴァシュロンがこんなヘンテコな受けにするはずない、とは見る目が育っていなかった。
こちらは天真。左がもともと付いていたもの。右は私が別作したもの。
バランスの天真はさらにヒドイ。受けの穴石にホゾがきちんと入りきらず、上辺だけ穴にハマるような感じで上下の受けでサンドイッチしているだけ。一応動くけど全然本来の性能はでないという状態でした。分解してみればこの有様で、ホゾも長さもまるでデタラメ。別の機械用か何かをやっつけしたもので、テンワとの接する部分などは天真側をプライヤーか何かで表面を波立たせて無理矢理詰め込んでありました。テンワのほうに大きな傷がなかったのがせめてもの救い。
別作がずいぶん本物っぽく見えますのは、これはたまたま同型のムーブメントをやはり勢いで集めまくっていたので持っており、その機械のバランスの天真をお手本にして作ったものです。そのため、限りなくヴァシュロン・オリジナルに近い自信があります。
そして組み直したところ、ご覧のように元気いっぱいに甦りました。
オリジナルはオニオン・クラウンで巻き上げと時刻設定の両方ができる、新型の機構です。パテが特許を取ったとかが19世紀前半のことで、ようやく各社で追随してきたのが19世紀も後半になってからです。同時期に追いつけ追い越せでアメリカでもリュウズ操作の巻き上げおよび時刻設定の機構の開発が進んでおり、その後アメリカの懐中時計では主流となっていくペンダントセット(スウィング・アウト)のあの四角い巻き上げステムが登場します。
これはそのアメリカ市場向け(?)に巻き上げ機構の部分も改造されており、アメリカの16〜18S(サイズ)懐中時計のケースにそのまま付け替えることができるという、、、(苦笑)
この部分はもうわざわざオリジナルの巻真を修復するのも大変だし、修復したところでピッタリ合うような18金ケースだけなんて絶対にもう手に入りませんから、おとなしくこのまま使うか、逆手にとってあれこれ自分の好みのケースに入れなおすかすれば良い。売り物にはなりませんがね。個人の趣味ならではの醍醐味というか楽しみですので。
バランスを組み直した直後の測定。
これはまだバランスの片重り調整前ですが、すでにある程度の性能は出ております。
振りも300度出ておりますし、縦の姿勢差も全部が1分以内に入っています。進みと遅れでそれぞれ30秒位づつありますので、ここを詰めていきます。
バランス調整後の測定。
左上)文字盤上 振り角 311° 歩度 +020 sec/day
右上)文字盤下 振り角 295° 歩度 +018 sec/day
左下1) 3時下 振り角 263° 歩度 +005 sec/day
左下2)12時下 振り角 257° 歩度 +005 sec/day
右下3) 3時上 振り角 250° 歩度 +015 sec/day
右下4)12時上 振り角 271° 歩度 +018 sec/day
ちょい、と1箇所のチラネジを調整してやりまして、この結果です。まだ少し開きはありますが、ほぼクロノメーター並みの性能が出ています。バイメタルテンプということもあり、季節など温度変化によって性能も変わりますので、あんまりリストウォッチのようなシビアな調整は追い求めないことにします。これでもう十分です。今でも実用品になります。
並品と比べたらよく分かりますが、これが高級品たる所以です。とても楽に調整できます。
ウチの本業のオーバーホール料金も、なぜ一律なのか、100万円以上する時計が数万円の時計と同じ整備料金とはどういうことか、他社はみんな高いのにとか、勘ぐる方おられます。私から言わせれば逆ですよ。高級品ほど楽にメンテでも修理でもできるんです。私の修理記事よく読めばわかるはずです。グレードの低いヤツほど直すのは大変なんです。安物の整備費用のほうを高くしたいくらい。
技術のないところは、機械ぶっ壊したら自腹でパーツ交換するしかないでしょう?お金かかるんですよ。ですから保険料として高〜い整備費用を徴収するんです。お客からね。
じゃあ、なんでお前のところは安いのか? そんな野暮なこと聞くもんじゃありやせん。そんなの、壊したらその場で直せばいいんですよ。(笑)それが、技術です。
さて、手前ミソもほどほどに。
どうにか元のオリジナルに近い性能が出れば、それで修理としては完了しているのですが。これは私の趣味でやっていることですので、それだけじゃあちょっとツマラナイ。
ずいぶん改造されたり、あちこち遍歴して外装の針なども色がくすんでおりまして。オリジナルはナスビ色の針だったのですが、これがこの色のせいもあり余計に小汚く見える。
そこで今回は針の焼き直しにも挑戦。
針の表面を研磨剤などで磨いていきます。
まだうっすら元の酸化膜がところどころ残っていますが、だいたい目立つ部分だけピカピカに磨き直しました。
この時代の懐中時計はほとんどが鋼鉄製の針ですので、このような磨き直しや再焼き付けが可能です。
これをフライパンに金屑を敷いたものの上に乗せ、アルコール・ランプなどを使って炙っていきます。
フライパンは時計学校にいた頃に実習か何かの課題のために自分で作ったもの。一応そういうことも一通りやりますが、実際の業務ではまず使わないですね。
あの頃の同級生で、今こんなことしてるヤツいるのかな?
鉄は焼き戻し加工をすることにより、表面に酸化被膜を形成します。
キツネ色 → 茶色 → 紫色(ナスビ) → 青色(ブルースチール) → 空色 → 灰色
教科書にはその色になる温度とかも書いてあるんですが。それはいちいち測ったり、正確な温度を再現したりはできません。火の勢いが強ければ、あっ、というまに一瞬で灰色まで進みます。
そのため、金屑などでフライパン上の温度がなるべく均一にゆっくりと上昇していくようにします。
上はだんだんとナスビ色から青色に変化していくところ。
熱の回りやすいところが先に色が変化していく様子がわかります。
気に入った色がでてきたら、すぐに火からフライパンを外して、針を取り出します。
この加減が非常にムズカシイ。
針を取り上げるまでのタイムラグがどうしてもあり、もたもたしていると余熱でどんどん表面の色が変わっていってしまうのです。
そこで、求める色の少し手前で取り出すのですが。
モノの見事に色ムラになっちゃいましたねー。(笑)
分針は一部がナスビのままです。秒針に至ってはジャスト、ナスビ!(本当は青色にしたかったのに)
まあ、これも個人の趣味だから笑って許せますが。
到底金取れるような洗練された技とは言えないので、ウチの店の業務としては提供しておりません。あしからず。
これでも組んでしまえば、裸眼ではそんなに気になるもんでもないです。こんな感じで、自然な仕上がりに。(なんだよそれ笑)
最終特性(24時間後)
左上)文字盤上 振り角 270° 歩度 +013 sec/day
右上)文字盤下 振り角 273° 歩度 +011 sec/day
左下1) 3時下 振り角 237° 歩度 +017 sec/day
左下2)12時下 振り角 214° 歩度 -005 sec/day
右下3) 3時上 振り角 217° 歩度 -005 sec/day
右下4)12時上 振り角 223° 歩度 +021 sec/day
ケーシングして全巻きから24時間後の特性です。振りは少し落ちますが、じゅうぶんに元気よく振っており、見た目にはほぼ変化なしです。歩度は姿勢により少し遅れてきます。これもあるので、全巻きの状態では進み気味に調整してあります。トータルとして実測はだいたい0〜15秒以内になります。100年以上も昔の時計が、現行品とさほど変わらない性能で使えます。すごくないですか?
さすがは、ヴァセロン。
完成。
これも私のお気に入り時計の仲間入り。コイツは10年越しの恋を実らせた。
金バリのケースも当時の面影を伝えるが、より自分らしいチョイスのケースに着せ替えてやりたい欲求に駆られ。
じゃ〜ん!
と、いうことでアメリカのアンティーク・ポケットウォッチのケースをぞろ某eBayにて調達♪
鹿様であるぞ。鹿は鹿島神宮のお社のシンボルであるぞ。(いちおう茨城県なんで地元ネタ)
いやぁ。目が合ってしまったもので。(笑)
吸い込まれるように、気がついていたら指が購入ボタンを押していたんですねぇ。ハイ。
ところが、到着してよくよくモノをみたところ少々不具合が。
18Sではあるものの、ヴァセロンは20ligne(リーニュ)というスイスの規格であり、そもそもアメリカン・サイズとは互換性はない。モノによっては使えるのですが、どうもこの鹿様のケースとは相性がよろしくなかった模様、、、残念!
しかも、ケースのステムが途中で折れており、これを分解して取り出すまでが一苦労で半日かかりました。(押したり引いたり、しまいには工具で取り外すことは諦めて結局ドクロ液で鉄を溶かして破砕する作戦に出て、それで半日)
溶けたステム部分のシステムは、旋盤仕事をしまして自作し直しました。
純正品ではないのでやっつけと言えば、これもやっつけ。
微妙な操作感がオリジナルとは少し違うかも知れませんが、ちゃんと巻き上げできるし、リュウズを引けば時刻合わせができる。要するに「使えます」
なんでも純正が当たり前で、オリジナルと100%同じじゃないと気が済まないような感覚は、どこの誰に叩き込まれたのか。
直ればいいじゃないか。使えればいいじゃないか。やっつけ上等。
できた、できた♪
第三次世界大戦はもう不可避です。ホルムズ海峡もいずれ閉鎖されるでしょう。経済も生活も崩壊します。この先ろくなことないです。
鹿様の申しますには、食べ物もなくなり、いくらお金があっても買えないので、お金は紙くず同然になるそうでございます。
なってからでは、遅いです。時計の修理も同じです。
「あのときやっておけばよかった」
私が世の時計ファンのためにできる仕事の残された時間は、、、もう待った無しです。