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オーデマ・ピゲのオーバーホールご依頼です。お母様がお父様にプレゼントされたものを形見として譲り受けたとのことです。メモリアル・アイテムのためか外装にはご使用感もなく、ラグジュアリーな輝きを放っています。
オーデマ・ピゲ
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分解前の測定から。過去に一度もオーバーホールに出していないとのことで、内部の注油はすっかり乾いているようです。姿勢によっては波形から苦しそうな動きが見て取れます。
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ムーブメントを分解して、パーツをベンジンカップで洗浄していきます。
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パーツは非常に小さく、レディースのものより細かいです。ネジなどはバスケットのメッシュすら通り抜けそうです。パーツケースでしっかり保護します。
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地板にバランスを組んでひげぜんまいなどを調整します。
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香箱のゼンマイも洗浄して新しい油を入れました。
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ベースに輪列を組んでいきます。小さなパーツですが、細部まで綺麗に仕上げがなされています。
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こちらは巻き上げ機構のパーツ群を拡大したところ。受けなどは面取りをされて、各パーツともピカピカに研磨されています。こういった仕上げの部分はひとつひとつが手仕事です。手間暇をかけて作られたようすが見て取れます。
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巻き上げ機構を組み込んだようす。最終的にはこの上に文字盤がついてしまうため、もちろん普段は見ることができません。こういう見えない部分にも手抜かりなく、隅々まで丁寧な仕事がなされています。リュウズを引いたときの感触にまで高級感を感じられますが、写真からも伝わってくるようですね。
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こちらはアンクルを拡大したようす。ツメ石を包みこむようにシェラック(天然樹脂)で固定されています。均一で無駄がなく、流れるような美しい仕事です。こういった何気ない部分にもブランドのポリシーや感性が見え隠れします。これはお手本になる例で、私もこういう仕上げをみて自分の仕事をより良くするための参考としています。
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アンクルまで輪列が組みあがったところ。
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アンクルのツメ石とガンギ車の歯のかみ合い量をチェックします。輪列の受けが見やすいような弧を描くように切り取られており、かつデザインとして見た場合も有機的で美しい流れとなるよう構成されています。ヨーロッパの優れたブランドの時計は、外装だけでなく内部ムーブメントにまでこうしたこだわりがあるのです。
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2番車と3番車の間にベアリング駆動による中間車が入っています。これは従来の輪列では負荷のかかりやすい3番車のホゾを、力の伝わるベクトルなどを意図的に変化させることで耐久性を改善させるものとみられます。ムーブメントの設計に対する真摯な態度がみられ、単なるモノとして時計を考えていては一生出てこないような発想で、時計に対する深い愛情が感じられます。
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ベースムーブメントの完成したところ。そこはかとなく、気品が感じられます。
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半巻きの特性。250°まで振っており、波形も直線性がよくなり安定しました。
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文字盤と針の取り付けに進みます。文字盤はデコレーションが凝ったつくりです。七宝のような深みのある色あいで、光の当たる角度により微妙に表情を変化させます。長短針はシンプルなバータイプですが、表面はアールがつけられており、文字盤との相性もよく視認性にも優れています。
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ケーシングするようす。小さなムーブメントであるため、ケースが相対的に大きく感じますが、実際はボーイズサイズほどしかありません。ムーブメントを小さくすることは、設計上の思想であり哲学です。
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最終特性
左上)文字盤上 振り角 280° 歩度 +020 sec/day
右上)文字盤下 振り角 278° 歩度 +018 sec/day
左下1) 3時下 振り角 233° 歩度 +017 sec/day
左下2)12時下 振り角 244° 歩度 +014 sec/day
右下3) 3時上 振り角 260° 歩度 +005 sec/day
右下4)12時上 振り角 247° 歩度 +011 sec/day
実施コース:【 オーバーホールコース 】