
ブランパンのウルトラスリムのオーバーホールご依頼です。当工房ではパーツが入手できないブランド時計につきましては、オーバーホールのみで進行可能な状態のものに限りお引き受けいたしております。パーツの取り寄せ可否については同一ブランドでもモデルや製造年により異なりますので、詳しくは直接お問い合わせください。
ブランパン・ウルトラスリム

全巻きでも230°程度と少し元気がなく、平姿勢と縦姿勢で歩度の進みと遅れがバラバラです。内部ムーブメントの状態が懸念されます。

内部ムーブメントを分解して、パーツをベンジンで洗浄していきます。すっかり注油が乾いている状態でしたが、幸い交換が必要なほどのパーツはなく、オーバーホールのみにてお引き受けすることにしました。

洗浄したパーツをケースに入れて保護します。とてもパーツの作りが小さいため、取り扱いにはとりわけ注意が必要になります。

地板にバランスを組んで、ひげぜんまいなどの調整を行います。

香箱には蓋がなく、香箱真が取り付けネジも兼ねる構造です。本機はムーブメントを極限まで薄くすることを目指して設計されており、このように少し特殊なつくりのパーツが多く使われています。

香箱を裏返して地板に組み付けし、2番車を中央に乗せたところ。香箱はフタのない面を伏せて組み込むことで、地板の底面が香箱の蓋の役目も兼ねています。通常のゼンマイでは経年の劣化で歪むと暴れることがありますが、材料や加工技術も特別なものが使われているようで、地板の底面にはゼンマイが香箱からはみ出そうとしたりして接触した形跡などは全くみられません。すごい技術力だと思います。

2番車〜4番車まで輪列の歯車を組んでいきます。パーツは細部まで非常に丁寧に仕上げされているため、小ささを感じさせない堂々とした風格がみなぎります。歯車の軸なども、限界まで短くしてあります。このため、わずかなアガキ量の調整ミスでも止まりなどの不具合につながりやすくなります。ブランパンは製造時に入念な組み立て調整がなされており、私のほうで特に再調整が必要な箇所は見当たりませんでした。その仕事ぶりを感心しながら、再組み立てを行うのみです。

巻き上げ機構のパーツ群。こうしたパーツひとつひとつも、細部まで丁寧な仕上げがされています。ハイエンド時計の特徴であり、機械式時計づくりの模範的なものだと思います。

巻き上げ機構を組んだようす。地板にはいちめんにペルラージュ模様が装飾されています。もともとは表面を油が流れていきにくいようにするための表面加工技術のひとつだったそうです。今日でもその心が受け継がれており、見えない部分までしっかり模様を入れています。見える部分だけ装飾を施せばよいというような、コマーシャリズム的な考えとは出発点がそもそも違っていることに注意しておく必要があると思います。

ガンギ車とアンクルを拡大したところ。上はETAのcal.2824のもの。通常よく見られる代表的なムーブメントのパーツですが、それよりもふた回り以下の小さいサイズです。高さだけなら半分以下です。それにもかかわらず、細部まで丁寧に面取りされて、ピカピカに研磨されている様子が明らかに伝わってきます。この画像では少し見にくいものの、ツメ石までエッジを丸く仕上げてあります。

エスケープメントの組み立て。ガンギ車とアンクルを組み付けたところ。

別の角度から。設計がよく考えられており、あらゆる角度からツメや歯を確認しやすくなっています。それでも、その小ささゆえ調整は難しく、手がすくんでしまいそうになります。

バランスまで組んで、なんとか無事ムーブメントの組み立てが完成しました。写真は拡大されているため、他の修理記事と一見同じように見えます。コメントもおおげさに聞こえるかも知れません。

100円玉との比較。

ベースムーブメントの特性。半巻きですが、縦姿勢でも200°を超える振りが出ています。歩度は少しばらつきもありますが、全ての姿勢で日差ゼロ〜30秒以内に入っております。薄さを追求するということが技術のアピールポイントであるため、性能は少し犠牲になっています。それでも発表当時の他社の平均的な水準からすれば、はるか上をいくものだったと思います。

文字盤と針の取り付けへと進みます。

ケーシングを行って完成です。

最終特性
左上)文字盤上 振り角 253° 歩度 +022 sec/day
右上)文字盤下 振り角 253° 歩度 +022 sec/day
左下1) 3時下 振り角 229° 歩度 +005 sec/day
左下2)12時下 振り角 233° 歩度 +009 sec/day
右下3) 3時上 振り角 225° 歩度 +014 sec/day
右下4)12時上 振り角 235° 歩度 +012 sec/day
今回の該当コース:【 オーバーホールコース 】