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ロレックスのデイ・デイトのオーバーホールご依頼です。お祖父様から譲り受けたものとのことで、過去に一度もオーバーホールしていないようです。カレンダーに不具合があることを除くと内外装ともに状態がよいものでした。このため、【オーバーホールコース】にて受付いたしました。
ロレックス デイ・デイト
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分解前の歩度測定から。平姿勢で250°ほど振っており、歩度は少し遅れ気味ですが波形はしっかりしています。
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内部のムーブメントを分解していきます。これは文字盤を外したところ。カレンダーディスクを送る日車の歯が複数箇所にわたって折れてしまっておりました。(矢印)このため歯がかみ合わず、カレンダー機能が動作しない状態でした。
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このため、新しいロレックス純正パーツに交換することにしました。内部の注油がすっかり乾いており、大きな負荷がかかるとこのように歯が折れることもあります。日付切り替わり間際のタイミングでカレンダーを早送りしようとした時などに起こりやすいトラブルです。
なお、ロレックスのパーツは高価であるため、オーバーホール料金とは別途にパーツ代(2万円)を付加させていただきました。(イレギュラーパターン)
※価格は記事執筆時点でのものです。近年インフレおよび円安の影響が激しく、相場が大きく変動しております。また、必ずしも記事と同じパーツがオーバーホール対象にはならず、別途追加費用が生じる可能性がございます。
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過去に長らくメンテナンスされていないものは、このようにリュウズの内部に緑青などが生じて汚れもたまっていることが多いです。今回はパーツを洗浄・補修することで利用可能な状態だったため、こちらは継続して使うことに。リュウズは直接手で操作するところでもあり、外部と内部ムーブメントの接点でもあるため、なにかと傷みやすく交換が必要になりやすい部分です。
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全てのパーツの分解をしたところ。ダイアルや針などは取り外したそのままの状態でパーツケースで保護します。
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歯車や受けなどムーブメントのパーツは全てベンジンで洗浄を行います。幸いカレンダー日車のほかには、損傷して交換が必要になるパーツは見当たりませんでした。
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パーツの洗浄が済み、並べたところ。
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パーツはネジの1本1本にいたるまで、すべて丁寧に刷毛を使って洗います。
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地板や受けも洗浄します。穴石はとくに内部まで汚れが残っていないか入念にチェックします。石はこのようにピカピカでなければなりません。
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バランスを地板に組んで、ひげぜんまいの調整です。ROLEXの採用するブレゲ・ヘアスプリングは常に改良されながら進化をしており、他の追随を許さない性能を誇ります。耐久性も高く、長年愛用してもへたりません。きれいなアルキメデス・スパイラルに調整できたところ。
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香箱のゼンマイをワインダーに巻き取ってセットします。巻き取りヘッドとドラムの部分はcal.3135/3155専用に作られたものを使っております。ゼンマイを痛めることなく、再セットすることが可能です。メーカーのコンプリートサービスではメンテ毎にまるごと新品に替えるルールのようですが、決してゼンマイが古くダメになって使えなくなるわけではありません。香箱からゼンマイを取り出してしまうと、作業の巧拙によってはカーブが曲がったりして、理想的なトルク曲線で動作しなくなることをメーカーは嫌がる傾向にあります。
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ゼンマイにあたらしい油を注油したところ。むしろ定期メンテナンスを行わず、無理に使い続けることによってゼンマイは痛んでしまいます。正しい整備方法で調整すれば、決してメーカーのコンプリート・サービスにも技術で引けをとるということはありません。
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地板に輪列パーツを組んでいきます。香箱、2番車〜4番車、ガンギ車をのせたところ。
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受けを組んで、角穴車、丸穴車などを取り付けしたところ。過去にメンテナンスをしておらず、ネジの頭やミゾはご覧の通り新品同様のままです。飯のためだけに仕事するような意識の低い職人は、ネジの頭がどうなろうと平気です。回ればよいとばかりに、適当なドライバーで何も考えずに組んでしまいます。たった1回のそういう魂の感じられない作業により、ネジ頭は簡単に傷がつき、溝はガタガタになって、何か安っぽい機械のように見栄えが落ちてしまいます。とても残念なことです。
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アンクルをガンギの歯にあわせてみたところ。ロレックスは他のハイエンドブランド時計と同様に、パーツの細かい部分まで丁寧に仕上げられています。どういう思いを込めて作っているのか。パーツはどのような状態であることが理想であるべきか。そのような部分にも思いをめぐらせながら仕事をしたいものです。
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アンクル受けまで組んだところ。ツメ石と歯のかみあい量などを確認・調整します。
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バランスを組んで、ベースムーブメントが完成したようす。元気よくバランスが振っています。いつまでも変わらぬ姿を保つこと。そして、持ち主と共に時を刻んでいけるように。そのための仕事でなければ、私はウソだと思います。
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ベースムーブメントの測定。十分な性能に回復しています。歩度は全姿勢が0〜5秒に入る機械式時計としては驚異的な正確さです。実用重視のロレックスらしく、素晴らしい点です。
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カレンダー機構の組み立てへとさらに進みます。デイ・デイトでは日にちのほかに曜日もあわせて瞬間送りが可能となるよう設計されています。このため、曜日のディスクを取り付けるモジュールにも細やかな配慮が見られます。それらの部分の状態も含めて入念に動作チェックを行います。
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文字盤と針の取り付けをします。インデックスにダイヤモンドを設えた豪華なモデルです。針は18金製です。傷がつかないように細心の注意を払って取り付け・調整します。
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外装は洗浄のみですが、あまりご使用感がなかったため、状態は良好です。ベゼルの部分にわずかな拭き傷程度がみられますが、エッジが綺麗に残っており、下手に研磨などしないほうがオススメです。1回でも研磨をすると、このシャープな稜線が失われ、丸くなっていきます。やたらと研磨をしたがる方がおりますが、基本的にやればやるほど格好悪くなると知っておいていただきたいものです。ピカピカだけど丸く磨り減ったケースより、たとえ傷だらけでも当初のエッジが残っているほうが、男の腕にはよく似合うと私は思っています。そして貫禄が出ます。
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ケーシングまで来ました。そして、内部のムーブメントはいつまでも美しい姿で動き続けることが、究極のロマンではないでしょうか。
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最終特性
左上)文字盤上 振り角 255° 歩度 +003 sec/day
右上)文字盤下 振り角 255° 歩度 +004 sec/day
左下1) 3時下 振り角 226° 歩度 +001 sec/day
左下2)12時下 振り角 227° 歩度 +004 sec/day
右下3) 3時上 振り角 227° 歩度 +001 sec/day
右下4)12時上 振り角 232° 歩度 -001 sec/day
実施コース:【 オーバーホールコース 】