ジャガー・ルクルトのマスタームーンのオーバーホールご依頼です。ムーンフェイズにトリプルカレンダーのついた複合機能の時計につき、クロノグラフ相当の扱いとなります。
ジャガールクルト・マスタームーン
分解前の歩度測定から。全巻きで平姿勢で280°と、振りは問題ありません。歩度がどの姿勢も遅れています。油の切れてきたサインです。
裏蓋をあけていきます。過去に定期メンテナンスはされていたようですが、その際についてしまったと思われる開閉傷がずいぶん見られます。ネジの頭も舐め痕がついてしまっています。
自動巻ローターを外したところ、隠れた部分に派手に舐めてしまったネジが顔を出しました。痛んだ部分は青いマジックのようなものが塗ってあり、油性成分が青焼きネジの表面に流れ出ています。
ほかの受けの取り付けネジも、ことごとくネジ溝が痛んでしまっています。シースルーバックの時計にもかかわらず、あんまりな仕事ぶりです。
ムーブメントを分解していきます。道具は職人にとって大切なものです。その技量は道具をみればわかる、と言われるほどのものです。
ネジの頭の径に合っていることはもちろんのこと、溝の幅などもネジによって全然違いますから、ピタリと合う厚みのブレードでなければなりません。アトリエ・ドゥでは同じ径のドライバーでも厚みの違う複数のセットをムーブメントによって使い分けます。先端は常に鏡のようにピカピカに手入れします。このような道具を用いて丁寧に作業をすれば、先に見られたような溝の痛みなどつくはずがないとすぐにお気づきになるでしょう。以前の仕事でどんな道具で作業をしたのか人物まで含めおよそ知れます。
文字盤のすぐ下につくモジュールは、ベースムーブメントから切り離し可能な設計になっています。これにより、ひとつのベースムーブメントに様々な別のモジュールを組み合わせることで、全く異なるデザインと機能をもつモデルのバリエーションを容易に増やすことができるようにしてあります。
モジュール部分を分解していくところ。このようにベースムーブメントと分けて分解・組み立て作業できるメリットもあります。
ベンジンカップにパーツを入れて、刷毛を使い丁寧に汚れを落としていきます。
洗浄がおわったパーツをケースに入れて保護します。
ベースムーブメントの組み立てのようす。バランスの調整を行い、輪列の歯車をならべてみたところ。
組み立て後に新しい油を注油しますが、その際のオイラーという工具と油壺のようすです。このように、オイラーの先端に油をちょんと付けて、それを注油箇所に移します。
上は何もついていないオイラーの先端のようす。下は油がついています。すぐ近くにつまようじの頭が写っています。新しい油の量はたったこの程度なのです。吹けば飛びそうな量です。当然ながら、何十年とは持たず数年もすれば乾いてしまいます。最低でも5年に一回以上のオーバーホールが必要になる理由のひとつです。
オイラーでこのように穴石から頭を出したホゾの部分に油を流し込みます。油を多く流しすぎると、ホゾの部分に留めることができず、石の表面から受けへと流れていってしまいます。物理的に適正な量しか差すことができず、ゆえに年月と共に乾いて汚れてしまいます。定期メンテナンスは機械式時計の宿命であり、避けて通ることはできません。油がなくても時計は動きますが、パーツはどんどん痛んでダメになります。
動くことをいいことにメンテに出さす使い続ければ、やがてパーツは摩耗しきって時計は動かなくなります。そうなってからではもう手遅れです。半可通で「オレの時計はもう○○年も整備していない」とか自慢したり、ただの目立ちたがり屋で整備不要論をまことしやかに唱えだす人を時折みかけますが、とんでもなく無知なだけの愚か者ですから、そういう見当違いも甚だしい扇動には惑わされないでいただきたいと思います。
ベースムーブメントの測定。半巻きの状態です。特に問題はみられず、次に進みます。
モジュールをベースムーブメントに合体させて、カレンダーディスクなどを組み込んでいきます。
文字盤と針の取り付けをします。横から見て、針同士が接触しないかよくチェックします。巧みな空間処理がされていて、見た目のデザイン性を損なうことなく、カレンダーの運針がスムーズに動作するようになっています。
ケーシングをして完成です。
最終特性
左上)文字盤上 振り角 311° 歩度 +003 sec/day
右上)文字盤下 振り角 305° 歩度 +003 sec/day
左下1) 3時下 振り角 286° 歩度 +005 sec/day
左下2)12時下 振り角 280° 歩度 +005 sec/day
右下3) 3時上 振り角 285° 歩度 +000 sec/day
右下4)12時上 振り角 283° 歩度 -001 sec/day
今回の該当コース:【 オーバーホールコース 】